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| 僕はイタリア料理のクオコ(料理人)である。94年から5年間、南イタリアの海辺の町で働いた経験は、今も色褪せない僕の宝物だ。 イタリアに渡った当初は、シエナの外国人大学で語学講座を受講した。会話にも生活にもどうにか慣れてきた頃、別に頼る人もいないのに、気がつくと、サルデーニャ島へと渡っていた。なぜだろう。以前取材してくれた編集者の方に「なぜ」と聞かれて困った僕は「そこに島があったから」と真顔で言ったら受けてしまった。でも、本当にそんな感じなのだ。 最初はまったくコネもなく、ガンベロロッソなどのガイドブックを見て片っ端から「働かせてください」という手紙を出した。その頃はまだ、たどたどしいイタリア語だったと思う。それでも熱意は伝わったのか、いくつかの店から来てもいいよ、という返事をもらった。でもヌオーヴァ・クチーナの店は丁重にお断りした。同じ海辺の町の魚介類の店でも、なるべくイタリアらしい料理が経験したかったのだ。 希望に燃えて、僕はまずカリアリへと飛んだ。そして南から北まで、働きながらサルデーニャ島を廻ることになる。取材の方はよく「ではシェフはサルデーニャで5年間修業したのですね」という言い方をするけれど、僕は 「修業」という言葉が実は苦手だ。別に修業なんてほどのことはしていないと思うから。ただ、経験は宝だと思う。知らない町でいろんな人と出会い、土地土地の文化に触れ、料理を経験した。その中で僕がいいと思ったものを、なるべくそのまま表現していきたいと、今は思っている。 サルデーニャとひと口に言っても広い。山へ行けば羊の肉料理しか食べないところもある。でも僕は元来魚が好きだったので、海辺の村にしか興味が涌かなかった。その頃から、僕は魚で勝負しようと心に決めて仕事をしていたのだ。そう考えると、いつか『ラ・スコリエーラ』のような魚介専門料理店を開こう、と思ったのは、もうかれこれ10年も前ということになる。 そしてやがて僕は、船長ーー『ラ・スコリエーラ』のオーナー、漁師だから魚の知識は驚くほど豊富で、人一倍魚を愛する、海の男ーーと出会い、この人の仕入れる魚を食べてみて、こんな天然の魚介類ばかりをふんだんに使って思いきり自分の料理がしたい! と思い、この店を開くことを決意したのだ。 築地にも届く、地中海のマグロ いろいろな町をまわったけれど、中でも印象深かったのが、サルデーニャ島の南西に浮かぶサン ・ピエトロ島だ。ここでは、マグロ専門のリストランテ「アル ・トンノ ・ディ ・コルサ」(回遊するマグロの意)で働かせてもらった。 南イタリアの人はマグロを食べるが、マグロ漁があるのは、このサン・ピエトロ島と、シチリアの北西に浮かぶエガディ諸島のファヴィニャーナ島の、二カ所のみ。このふたつこそがイタリアのマグロの島なのだ。 今回の僕の旅は、昔働いていたサン・ピエトロ島を訪ねるとともに、ずっと行きたかったファヴィニャーナ島も初めて訪ね、ふたつのマグロの島を旅しながら、改めて地中海のマグロを味わいつくそうというのが目的である。 イタリアのマグロ漁は、数隻の小船で網を張り、追い込んで最後は銛で突く、非常に原始的な追い込み漁だ。海中にL字型に張られた網にマグロを誘導し、網の一番奥にある「死の部屋」と呼ばれる網まで追い込んでゆく。そしてなるべくたくさんのマグロが「死の部屋」に集まったところを見計らって、合図と共に一気に網を揚げ、最後は一頭一頭銛で仕留めて引き揚げていく。このクライマックスが、マッタンツァと呼ばれるものだ。マッタンツァのとき、海はマグロの血で染まる。凄惨な感じがすると問題にする団体があったほど、ド迫力の漁である。極力マグロにかかるストレスを少なくしてあげて、なるべく血が周らないようにと気遣いながら、一本釣りや延縄漁法で仕留める日本の漁師とは、考え方からまったく違う。 しかし、文化は違えどマグロを敬愛する気持ちはきっと同じなんだと僕は思う。トンノ ・メディテッラーネオ(地中海のマグロ)。旅の途中、何度この言葉を聞いただろう。しかも驚いたことに、この言葉を発するほとんどすべての南イタリア人たちが、まるで恋人のことでも語るみたいにうっとりとした口調になるのだ。 地中海の本マグロは、トンノ ・ロッソ(赤いマグロの意)と呼ばれる。その名の通り身が赤く、赤身にこそ深い味わいがある。僕の私見ではあるけれど、刺身で食べるなら日本のマグロのほうが上かもしれないが、ソテーなど焼いて食べるならイタリアのマグロのほうが旨いと思う。食べている餌が違うせいか、どうも脂の感じや、焼いたときのジューシーさが違うのだ。 まずは、懐かしのサン ・ピエトロ島へ。 Isola St.pietro カリアリから長距離バスとフェリーを乗り継いで、サン・ピエトロ島に渡った。ここはジェノヴァの統治が長いので、南なのにジェノヴァ弁に近い言葉を話すし、町並みもどこかリヴィエラの小さな町に面影が似ている。 まず「アル ・トンノ ・ディ ・コルサ」を久しぶりに訪ねてみた。この店は、人口約六千五百人の、カルロフォルテという小さな町にある。スタッフの面々は、誰一人変わりなく温かく出迎えてくれた。みんなにマグロのことを尋ねてみると、マッタンツァに参加したものが厨房に二人もいたのには驚いた。マグロ漁は季節労働。ほとんどの漁師が兼業だとは聞いていたけれど、こんなに身近にいたなんて! 「カルロフォルテに生まれたからには、一度は漁に出てみたいという気持ちを、島中の男たちが抱いているのさ」 主人のセコンドさんがこの店を開いたのは24年前。その頃は工業地帯の影響で赤潮が発生し、マグロが全然こなくなってしまったため、マグロ漁が中止されていたさなかのこと。島の文化でもある伝統的なマグロ料理を絶やしてはいけないと、危機感を持って、この店を開いたのだという。 島のマグロ料理は、素朴そのものだ。 《マグロの燻製、マグロのカラスミ、マグロの心臓のサラミ、マグロのレバーのムース、赤身のサラミ、マグロのオイル漬け、トロのステーキ・・・》 特にマグロの卵を塩漬けにして作るボッタルガ(カラスミ)は、絶品だ。カラスミはパスタに混ぜるときは粉状にして使うのだけれど、これはたっぷりと塊を食べる料理。口に入れると塩辛さと甘味が入り交じった、ダシになりそうな凝縮された強烈な旨みが広がる(ちょっとアンチョビにも似ている)。そして後から追ってくる素朴で濃厚な香り。これさえあれば、ワインでも焼酎でも、何杯でもいけそうだ。 燻製は半生状態で、とろっとした甘味を湛えた芳醇な味わい。心臓のサラミはスパイシーでエネルギーが湧いてくる感じ。どれもこれも後を引く旨さで、つい食べ過ぎて喉が渇いた。 次は、ファヴィニャーナ島に初上陸。 Isola Favignana サン・ピエトロ島から一旦カリアリに戻り、昔一緒に働いていたイタリア人の友人と落ち合った。フェリーの切符を頼んでおいたのだ。バールでお茶を飲んでいると、カリアリで働く日本人のクオコたちがわらわらと集まってきた。僕がいた頃よりも、確実に日本人が増えているようだ。夜の8時、週に一便しかないトラーパニ行きのフェリーに乗り込む。実は、このフェリーのチケットがなかなか取れずに苦心した。旅行エージェントで「廊下に寝袋でも構わないから乗せてくれ!」と騒いだのだが(この船に乗れないと飛行機で一旦ローマに飛んで乗り継がなくてはいけないので、お金も何倍もかかる上、丸一日ロスしてしまうのだ)、しかし乗ってみたら本当に廊下で寝ている人がわんさかいたのには驚いた(結局僕らは一等船室が取れたので、無事客室で寝ることができたのだが、なぜ急転直下で取れたのかは永遠に謎のまま。ただエージェントのストロンツォ(失礼!)に、最初に預けたデポジットを「これは僕へのチップでしょ?」と言われ、勝手に持っていかれてしまった。もう、さすがとしか言いようがない)。 フェリーの中で一泊し、シチリアのトラーパニへ着いたのは朝の6時。茜色の空が印象的だ。トラーパニでアリスカーフォ(水中翼船)に乗り換えて、次はいよいよファヴィニャーナ島に上陸である。イタリアに5年いたけれど、ここには一度も来る機会が無かったので、今回が初めての上陸だ。朝は弱い僕なのに、この日ばかりはワクワクと、はやる気持ちを抑えきれない。 ![]() ファヴィニャーナ島の人口は約四千五百人。サン ・ピエトロ島よりさらに小さな漁村だが、アラブから伝わったという伝統的なマッタンツァの歴史は、紀元九百年頃からと、こちらのほうが断然古い。島のマグロ漁師は約50人。彼らを束ね、マッタンツァの陣頭指揮をとる漁師の親分のことを、島の人は尊敬と親しみを込めて「ライス」と呼ぶ。 「ライスに会いたいんだけれど、どこに行けば会えるかな」。島に着くなり案内所のシニョリーナに尋ねると、目を輝かせてこう言った。 「へぇ、ジョアッキーノを知っているの? この島で彼のことを知らない人はいないわ。島一番の有名人よ。彼なら大抵『バール81』に行けば会えると思うの。ともかく大きい人だから、あなたもすぐにわかると思うわ」 地図にバールの位置を書き込んでもらうと、僕らはさっそくレンタカーに乗り込み、そこへ急いだ。バールに入り、 「すみません。ここでライスに会えると聞いたんですが・・・」 「ライス? ジョアッキーノならほらそこに。外にいるじゃないか」 本当にここに入り浸っている人だった。なんと捜索たったの一分で、僕らは会うことができたのだ。速! ジョアッキーノ ・カタルド氏(61歳)。ファヴィニャーナ島のライスに就任して七年、マグロ漁師歴は30年以上になる。 「よく来たね。明日わしの船で沖へ出て、ランチを食べながら話さないか。はるばる日本から来てくれた君たちを、世界で一番のリストランテに招待するよ。むっふっふ」 見事に頑健そうな歯を見せて豪快に笑うライスは、とても60歳を越えているようには見えない。身長はなんと196センチ。デカイ・・・。見上げてしまう。一見イタリア人とは思えない。ジャイアント馬場みたいだ。 マグロは地中海の女王、特別な魚なんだよ 翌朝広場で待ち合わせ、まずは船長の別宅に行った。小さいけど可愛い海の家だ。水着に着替え、昼食のしたくを整え、船長所有の小さな青い船に乗り込んだ。これはマグロ漁に使うものとは別物だ。 「わしのとっておきのスポットに招待してあげよう。あの岩場の向こうじゃよ」 船長イチオシの場所は、以前『エスクァイア』の記事で見た、あの海だった。透き通る水色とバックの岩に見覚えがある。 「そうそう。君たちはこの船に乗った二組目の日本人なんじゃ。ひと組目の彼らが残した日本語がそのへんにあるはずだよ」 そう言いながら、船長は一冊のサイン帳を取り出した。どうやらこの船に乗ったお客さんが、ひとこと感想を書いていくものらしい。ペンションみたいだ。日本語は目立つから、その取材陣が書いたと思しきページはすぐに見つかった。そこにはただひと言日本語で、 「船長は巨乳好き!」 とあった。爆笑。船長、巨乳が好きなの? と訪ねると、大真面目な顔をして、 「Si,Si.しかもわしの特技は、300メートル先から歩いてくる女性の、胸のカップを当てることができるってことなのさ。ホントだよ。外したことは無いね」 もうそこからは大いに盛り上がり、男同士、すっかり仲良しになってしまった。本当にこの人、60歳を超えているのか。羨ましい生き方だ。正直で、伸びやかで。僕はこんな大人になりたい、と青い海に誓った。カメラマンさんも大真面目な顔をして、勉強になります、と言う。 絶えずくだらない冗談を言いながら、船長は小さな船のあちこちから、ガスコンロや皿やワインやパスタなどを、魔法のように取り出して、器用に次々家庭料理をこしらえてくれた。こんなに大きな人なのに、細かいことも得意なのだ。さすがは漁師! 太陽と海に囲まれて食べるプランツォには、筆舌に尽くしがたい楽しさがある。 ジョアッキーノ氏は、島で唯一の生の魚を食べる人としても有名だ。 「わしは30年間生魚を食べているから、頭痛なんかしたことないよ。味付けはいつも海の潮味のみだ。醤油? あれはいただけないな。せっかくの魚の味がわからなくなっちまうじゃないか」 それから僕と船長は、連れ立ってタコを捕まえに行った。ひょいひょいっと仕掛けを作っては潜り、ものの5分で捕まえてしまう。船長すごいよ! しとめた獲物は、海の塩味ですぐに試食する。船長??こちらの船長は、60歳を過ぎても、女が好きで巨乳が好きでたまらない、と明るく言える海の男??に会えたこと、そして一緒に海に潜ってタコを獲ったことは、ファヴィニャーナの最高の思い出だ。 ![]() ジョアッキーノ船長が、小船を港に係留して陸に上がると、どこからともなく現れた子猫たちが、何十匹も集まってきた。手に魚のにおいが染み付いているらしい。おまけに昼食であまった魚をくれてやるので、すごい人気だ。そういえば『ラ・スコリエーラ』の船長も、道端の猫に人気がある。よくニャン太郎だのニャン子だのと勝手に呼んでは相手をしている。どうも漁師は万国共通、猫と巨乳に弱いらしい。 最後にひとつだけ、真面目に質問をぶつけてみた。船長はマグロをどう思っていますか? 「わしはこの島が心底好きなんだ。だから一旦はドイツに行ったりしたが、漁師をやるために戻ってきた。魚の中でもマグロは特別じゃよ。マグロは地中海の女王様なんだ」 マグロは島のシンボル。生活そのものなの その夜僕らは、ファヴィニャーナでは町一番と評判のリストランテ「エガディ」に行った。この店は、何を食べても旨かったが、ことに「伊勢海老のクスクス」は夢中でかきこんでしまうほどの旨さである。田舎のわりに高級店だな、と思ったのだが、カポナータ(野菜の煮込み)は絶妙なマンマの味で、久々の感動を呼んだ。そしてなんと言っても、セコンドに食べたタランテッロ(中トロ)のグリルときたら! 岩塩とオリーブオイルだけでシンプルに焼いて、表面はカリっと中は見事にジューシーに仕上げてある。エガディの女主人はいみじくも言った。 「マグロはこの町のシンボルよ。私たちの生活そのものなの」 お土産に、ファヴィニャーナ産のマグロのカラスミをたっぷりと買った。港では来たとき同様、漁師が今日水揚げした魚を直売している。でも氷は一切使ってないし、はらわたをすぐ処理をするという習慣が無いので、新鮮なのにちょっと臭う。 アリスカーフォでトラーパニに戻ったら、今度は車を借りてパレルモ郊外のポルティチェッロという港町へ向かった。ここは、やはり昔働いていた「リストランテ ・ラ ・ムチャーラ」がある街だ。ムチャーラとは、マッタンツァのときにライスが乗る黒い舟のこと(ライスが乗る舟しか黒くは塗らない)。この港にもマグロが揚がると、厨房に丸ごとのマグロが運ばれてきたりした。だからこの町でも、ボッタルガといえばボラではなくマグロがスタンダード。懐かしい再会の抱擁の後に食べた、マグロのカラスミのスパゲッティは最高! 塩辛過ぎず、滋味あふれる柔らかな出汁が出ていて、実に爽やかな海の味がするひと皿だった。 掲載されている写真・文章等の無断転載を禁じます。 |
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